研究現況

都市における雨天時汚濁流出と水循環の評価

都市浸水予測に基づく浸水対策の高度化

生物学的水処理プロセスにおける微生物機能や給配水システムにおける微生物群集の管理

揮発性有機化合物による水環境及び精密質量分析による溶存有機物の特性評価

都市における雨天時汚濁流出と水循環の評価

 都市における雨水管理のスマート化が求められている。そのためには、量と質の両面から管理の高度化が期待されています。雨天時汚濁流出が引き起こす問題としては、市街地ノンポイント汚染、合流式下水道の雨天時越流水(CSO)由来の汚濁などが挙げられます。これらの汚濁機構とリスクを定量的に評価することにより、汚濁流出の適正管理を図ることも重要です。例えば、CSOでは病原微生物を主要なリスク因子として考慮しなければなりません。病原微生物の粒子への付着状態、下水管渠内・受水域での病原微生物の生残性などに関する知見も必要となります。
 以上のような研究背景のもと、雨天時や降雨後における詳細な水質調査、雨水流出や内水氾濫の解析、受水域の三次元流動水質解析を進め、浸水防除とCSO改善を同時に達成する下水道システムの在り方も検討しています。最終的には、ストック最大限活用した都市浸水対策の高度化や東京湾を対象としたCSO問題を解決するトータルソリューションの提案につながる研究を幅広く展開しています。なお、流域における健全な水循環系の確保を意識して、水道広域化や雨水・再生水利用に関する研究も実施している。

都市浸水予測に基づく浸水対策の高度化

 雨水整備計画を超過する規模の大雨が発生しており、それに伴う浸水被害が全国で問題となっています。ポンプ施設や貯留管などの構造物のみによるハード対策には限界があり、既存の治水施設を効果的に活用するとともに、ハザードマップや予測情報などのソフト対策とあわせた浸水対策が重要となっています。また、平成30年の西日本豪雨では、増水した河川水位のため都市部からの排水ができず各地で内水氾濫が発生しました。すなわち浸水対策を検討する上で、河川と下水道を一体的に考慮することも重要であり、気候変動に伴うそのような潜在的リスクへの増大にも備えていく必要があります。

 本研究テーマでは、IoT機器によりリアルタイムに観測される雨水管渠水位や、気象数値予測などの各種観測・予測情報を総合的に活用しながら、都市浸水や河川洪水を予測する研究を行なっています。さらには予測情報をもとに、ポンプ施設の統合操作や浸水による経済損失、ポンプ排水に伴うエネルギーなども考慮したスマートな雨水管理手法の研究を行なっています。また、民間企業、自治体と連携しながら、開発技術の社会実装を目指した研究を展開しています。

生物学的水処理プロセスにおける微生物機能や給配水システムにおける微生物群集の管理

 微生物を活用した環境浄化、水処理技術は広く普及しています。しかし、こうした技術の多くは経験的に構築されてきたものが多く、どのような微生物がどのような機能を発現しているのか、という基本的なメカニズムについてはブラックボックスのままにされているのが現状です。そこで我々は、分子生物学的手法を中心として、生物学的作用に基づく環境浄化や水処理技術の機構解明に資する研究を多角的に進めています。
 バイオレメディエーション技術としては、嫌気的な土壌・地下水中で有機塩素化合物やベンゼンなどの人為汚染物質を分解する微生物に着目しています。これまでに、我々はメタン生成条件下でのベンゼン分解系の集積に成功しています。省コスト・省エネルギー型の技術であるバイオレメディエーションの利点を生かすためにも、嫌気条件下におけるベンゼン分解微生物の同定、複合汚染への適用を含んだ浄化技術への展開を進めています。
 また、水処理については、主に高度浄水処理として活用されている生物活性炭処理に着目しています。活性炭表面に定着した様々な微生物が示す溶存有機物の生分解能や硝化能は概念的な理解にとどまっています。我々は、これまでに生物活性炭において、アンモニア酸化古細菌(AOA)が硝化の主要な役割を担っていること、また、特定の微生物が、オゾン処理の副生成物でもある低級カルボン酸の分解に関与していることなどを明らかにしています。また、こうした処理を受けた上水、下水、更には再生水が、生物学的にどの程度安定な水質であるか、という点も新たな評価軸として考慮し、再増殖微生物の特性や制御技術についても研究を行っています。

水利用を考慮した水環境中の未規制有機物の管理

 水中の溶存有機物(Dissolved Organic Matter: DOM)は多様な未知成分の混合物です。これらの中の特定の成分が、消毒副生成物の前駆物質として、細菌再増殖の基質として、あるいは膜ファウリングの要因として、様々な水質障害に関与しています。しかし、従来の有機物分析の視点は、TOC、COD、BODのように包括的な量の評価にとどまっており、「組成」は考慮されてきませんでした。紫外可視吸光度、蛍光特性、赤外吸収特性、分子量分布、樹脂分画などの分析手法により、DOMの特性の解明は進められてきてはいるものの、これらの手法もDOMの一面を切り出しているに過ぎず、個々の分子組成の解明には至っていません。
 そこで我々は、分解能、質量精度ともに優れたOrbitrap質量分析計を活用して、DOMの組成評価を進めています。Orbitrap質量分析計では、極めて複雑な成分を質量のみで分離することが可能です。また、個々の分子イオンの精密質量に基づいて分子式を推定すること、フラグメンテーション技術を活用することで分子構造を推定することも可能であり、DOM評価のパラダイムシフトをもたらすポテンシャルを有しています。この技術を用いて、水処理プロセスにおいてDOMの特性がどのように変化するのかを詳細に評価する研究を行っています。また、水質障害を引き起こすDOMとして、未知の消毒副生成物や湖沼における溶存CODの原因成分、更には細菌再増殖を引き起こす生分解性有機物の特定を進めています。未知の成分をトップダウンに測定できるという利点を活用して、水道原水に含まれる未知リスク因子のスクリーニングや、水環境保全に向けた要調査項目候補物質の探索にも取り組んでいます。